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本日、私たちはここ東京に、あらゆる立場を超えて、アジアのあらゆる独裁体制を平和的に民主化するために集まった。 自由、民主主義、そして民族自決権は、アジアにおいて一日も早く実現されなければならない普遍的価値である。 いかなる政権も、そうした普遍的価値観に基づく言論や運動を暴力によって弾圧することは許されない。 そのような行為を続ける独裁者たちは、人道への罪を犯した者としてハーグ国際司法裁判所に告発されなければならず、あらゆる国際的な制裁の対象となるべきである。 私たちは、わが日本政府が、民衆を弾圧する独裁政権に対して人権を尊重することを強く要請し、民主運動を支援することを求める。 私たちは、アジアの民主運動家と力を合わせて、自由で民主的、かつ平和なアジアを、そしてすべてのアジア民族がその文化と伝統を尊重される世界を実現するまで、共に戦うことを誓う。 平成23年(2011年)11月26日
アジアの民主化を促進する東京大集会 We gathered today in Tokyo to advocate democracy in all autocratic states in the Asia region.Participants included people from every walk of life. Freedom,democracy and the right of self-determination are universal values that must be realized throughout Asia without further delay. We condemn every administrative power that resort to violence to suppress its people who make their calls for these principles be heard through speech or demonstrative actions. Dictators that continue to rule with an iron fist must be indicted to the International Court of Justice for their crimes against humanity.They must be subject to every possible sanction from the international community. We call on the Japanese government to support democratic movements in such regimes by strongly urging these regimes to respect human rights. We pledge to join hands with democracy activists in Asia to realize a free,democratic and peaceful Asian region where traditions and cultures of every ethnic tribe are duly honored. November 26,2011/11/21
Advocating Democracy in Asia-Mass Meeting in Tokyo 2011年(第一回)当日の写真・第一部 民族舞踊より
2011年(第一回)の写真・第二部 大集会より
2011年(第一回)その他写真
講演の要点(一) 今の中国共産党はとっくに変質してしまった。変質した中国共産党にどんな前途があるのか。 (二) 今の中国大陸の社会は、その全体が変位してしまった社会だ。 (三) インターネットは中国大陸社会の変遷を加速させる触媒の役割を果たすだろう。 (四) 自由で民主的な政治制度の安定した礎石となるのは、社会の高度な自治と公民の保有する完全な意味での合法的な私有財産である。 (五) 中国共産党の権力者私有集団と全国の民衆との間の矛盾が、今日の中国大陸の主要な矛盾である。 (六) 中国共産党ではまもなく「若旦那」による独裁の時代が始まる。 (七) 「公民三有」の実現が、中国大陸社会の平和的転換への局面打開の道となる可能性がある。 (八) 中国の民主政治制度は、中国の優れた伝統と価値観の中に根ざし、そこから発展するものでなければならない。 (九) 中国が民主化を実現し、国全体および全民族間の和解を実現するための最良の道は平和、理性そして非暴力の中にある。
尊敬する日本の友人のみなさん、 尊敬する会議の主催者さん、 尊敬する出席者のみなさん、
本日私がみなさんにお話しするテーマは、中国の大勢についてであります。 では、中国の大勢はどのような状況にあるのでしょうか。 政治的理由による停職処分を受けている北京政法大学法学院教授の蕭瀚さんは2010年の元旦に、友人たちが存分に笑いながら「独裁制崩壊の幕を開ける」ことができるようになってほしいと述べました。 蕭さんのこの勇壮なことばが偉大な予言であることは歴史が証明してくれることになるでしょう。 では、なぜそれが偉大な予言になるのでしょうか。 2009年末に、中国共産党政府は私の友人であり、2010年のノーベル平和賞受賞者である劉曉波さんと「08憲章」を重罪に処しました。中国共産党政府は今でもまだ劉曉波さんを監禁し続けるとともに、その奥さんを不法に軟禁し、我々中国民主党の四川省における若いリーダーである劉賢斌らを再び重罪に処すといった時流に逆行する行為を続けています。これは恐らく中国共産党の最後のあがきなのでしょう。2009年10月1日中華人民共和国建国60周年の記念日に、北京天安門周辺の市民は外出を許されず、中国共産党の「輝かしさ」をなんと「鉄の桶 」の中で「演じる」という事態がそのきっかけでした。 末期の清朝政府は二度にわたる洋務運動を経た上に、経済状況も悪く、1894年の西太后の60歳の誕生日は、日清戦争での敗北のため寧寿宮の中でわびしく過ごさざるを得ませんでした。1903年に清王朝は今と同様に言論にかかわる罪で章太炎と鄒容を処罰し、その8年後に武昌蜂起が起こり、清王朝は一挙に滅亡の道をたどります。 今は鎖国状態であった中国の明代ではなく、また足元さえおぼつかないような清朝末期の時代ではありません。もはや百年もかけて物事が変化する時代ではなく、10年ないしは5年ですっかり様変わりする時代なのです。 では今日の中国の大勢はどのようなものでしょうか。どこに出口を見つけるのでしょうか。多くの人が疑問を呈しています。 みなさんは、冷静になって中国大陸社会の基本的な事実と変遷について以下のいくつかの点にご注目下さい。
(一)今の中国共産党はとっくに変質してしまった。変質した中国共産党にどんな前途があるのか。1921年にソ連の援助を受けて誕生し、元々はまだいくらか理想主義の色彩を帯びていた中国共産党はとうの昔に死に絶えています。中国共産党の変質は1949年以前に始まりました。それについてもっと充分な証拠は以下の通りで、これは学者の楊奎松さんが研究の結果発見したものです。1950年4月、中国共産党政府が打ち出した「中央級行政人員給与基準(草案)」には「党・政府人員の最高等級の給与収入は最低等級の28.33倍であってよい」と規定されていましたが、今でも依然として二級公民にすぎない中国大陸の農民の収入と比べると、当時で少なくとも50倍の差がありました。一方、1949年以前のことですが、中国共産党から「腐敗した政府」だとさんざん罵倒された中華民国政府が「1946年に公布した基準によれば、総統および五院(行政院、立法院、司法院、監察院、人事院)院長等の選任官を除く文官を合計37の等級に分け、最高等級の収入を最低等級の収入の14.5倍とする。」ことになっていました。また中国共産党から、もっと「いたたまれないほどに」罵倒された西側諸国の政府は、「ごく少数の国を除き、イギリス、フランス、ドイツ等の国々の、行政長官を含めた人々の最高給与と最低給与の差はいずれも8~10倍前後であり、アメリカ、日本の差は比較的大きい方だが、それでも20倍にすぎず、しかも、その差の大きさの大半は大統領または首相個人の給与が比較的高いためで、時には一つ下の等級の行政主管の2倍以上」でした。これで、西側先進国政府の官吏の最高と最低の収入の差について、その大半がいわゆる「新中国」の官吏の間の収入の差よりもはるかに小さいということがおわかり頂けることと思います。 こうした歴然としたデータを見て、一番気まずい思いをするのはおそらくあの、平気ででたらめを言う毛沢東派の信徒たちでしょう。結論は明らかです。中国の現実社会の不公平や不適正を作り出した張本人は他ならぬ毛沢東なのです。三年にわたる内戦のために死に追いやられたのは主に何千万もの中国の農民であり、その罪過は国民党と共産党の双方にあります。ただ国民党は過ちを犯したに過ぎないのに比べて、共産党は犯罪を犯したのです。1959年から1961年までの三年間に未曽有の大飢饉のため、中国共産党はまたもや数千万の死者を出し、それは主に中国の農民でした。罪を犯したのは全体主義の共産党独裁制であり、「赤い皇帝」毛沢東です。1957年の反右派闘争および1966年から1976年までの文革の十年間に、毛沢東はさらに中華民族の良心の屋台骨を打ち砕き、中華民族の知識の根源を切り裂いたのです。これこそ毛沢東が我が中華民族に対して犯した最大の罪悪だと言うべきでしょう。 1978年以降、鄧小平率いる中国共産党の変質のプロセスはますます露骨なものとなる一方でした。経済的な苦境を乗り切るため、中国共産党は「左」ウィンカーを出しながら「右」折したようなもので、公民が私有財産を保有することの部分的合法性を認め始め、いわゆる「すべての悪の根源」である私有財産制の消滅を声高に叫ぶことはもうなくなり、いわゆる共産主義の理論なるものを実質的に放棄してしまったのです。こうして中国共産党はますますほしいままにふるまうようになり、官民が結託し、1949年に次いで再び国民の財産を横領することになります。中国共産党の権力者が最も卑劣な私有者――極めて独占的な「権力者の私有集団」になり、今日の中国の「一党独裁制」は極めて独占的な権力者の私有集団によって支えられることになったのです。 したがって、現在の中国共産党は完全に質を変えた中国共産党であり、むしろ「中国私有制権力者党」と呼ぶのが一番ふさわしいとまで言えるようになってしまいました。 道義を通せば多くの助けが得られるが、道義に背けば助けは少ないと申します。今の中国で、ごく少数者が集まった権力者私有集団が長期にわたって威張りちらすことが許されるでしょうか。このように実質的には「中国私有制権力者党」である中国共産党に前途はあるのでしょうか。質を変えた中国共産党に前途があり得るでしょうか。「名正しからざれば則ち言順わず。正しからず順わずは即ちこれ死途なり 」という古い諺があります。以上が中国大陸社会の基本的な事実と変遷にかかわる第一の点です。
(二)今の中国大陸の社会は、その全体が変位してしまった社会だ。そんな中で一党独裁制が安泰で居られるだろうか。この100年余りの間に、中国社会では2度にわたって全体に及ぶ大規模な変位が発生しました。中国大陸の大学の教科書では今でも認められておらず、またそのために多くの中国の文化人が今でも理解できていないことですが、はるか二千年の昔に、秦の始皇帝が郡県制を創設しました。封建制度を廃止し、郡県制を確立したのです。皇帝が天下を統一し、中国の氏族と部落の首領が何千年もの間受け継いできた「封土による建国」制度――即ち「封建制」が終わりを告げました。中国社会は秦の始皇帝の時代から、中央集権的な「皇帝独裁制」の時代に突入します。つまるところ中国社会は秦の始皇帝の時代から1911年までの二千年余りの間、すでに封建社会などではなかったのです。この重大な歴史上の時代区分については、羅建さんの「でたらめな『封建』」という一文が陳寅恪、胡適、黄仁宇、李慎之および王学泰ら各氏の学問へとつながり、綿密な総論となっているので、ここで重ねて述べることは致しません。中国大陸の教科書は、中国共産党がこれまで盲目的に崇拝してきたマルクス主義と「ソ連共産党(ボリシェビキ)の歴史」のいう「人類社会発展の五段階論」にとらわれています。中国共産党の新世代の指導者が取得したのは空虚な学位であり、もともと教養がない上に、人文科学の造詣がないにもかかわらず、社会全体の職能を一身に引き受けているため、その混乱を鎮めて正常に戻すことさえできないでいるのです。秦の始皇帝の時代以来1912年まで、中国社会の中央集権的な「皇帝独裁制」には数々の罪悪や不合理が生じては来ましたが、それが中国社会における農耕を主とする生産活動方式と基本的に適合したために、それまで幾度となく強大な東方の帝国が築かれてきたことは当然認めるべきでしょう。奇異な中国の「皇帝独裁制」は社会の基層において、今なお「退職官吏の宗族による自治」(あるいはコミュニティによる自治)の空間を占め、蒋介石による「一党独裁制」の「民国時代」に至るまでずっと引き継がれて来ました。この空間が、1949年前後に地主と退職官吏階級を制度的にも肉体的にも消滅させた毛沢東率いる中国共産党の「土地改革」によって完全に葬られることになったのです。「纏足の捜査隊 」をして「退職官吏の宗族による自治」に取って代わらせて今に至るようなことをするのは、世界的に見ても恐らく中国共産党だけでしょう。いわゆる祝日には街中の至る所を「赤い腕章」でいっぱいにするという中国共産党特有の「纏足の捜査隊」が中国大陸社会全体に纏足の布の腐敗臭と低劣さをみなぎらせるというのは、まったく天下の奇観であり、世人の嘲笑を誘うものとなりました。 強大そうに見えた中国の「皇帝独裁制」も、二千年後、産業革命を経た新世界に直面するや、直ちに苦境に陥ることになります。1840年前後のこと、列強諸国の「堅船利砲 」に脅かされて前進する気概のない清朝末期の政府は鎖国政策の終了を余儀なくされ、中国近現代史上初の「改革開放」を実施しました。その結果、西洋の風習が中国に入り込み、モダンな事柄が次々と出現し、市民社会が浮上し、商工業が日ごとに繁栄し、民間資本の活動が本格化し、社会全体に最初の重大な変位が生じます。このため表面上は依然として極彩色の美に輝く帝国の殿堂もいよいよもとの支柱を失い、こうして清王朝の「突如とした滅亡」が起きるのも時間の問題となったのです。 この頃、中国社会に「海を渡って」来た「新聞」というものが登場します。中国にこの「大衆メディア」と呼ばれるものが生まれたために、「腐敗した清朝政府をなぎ倒す」章太炎と鄒容の「蘇報案」が生まれ、新たな思想を広めるための最良のルートが生まれました。古い制度が最も恐れるものは、新たな兵器ではなく、新たな思想なのです。 そして今、時代に敏感な王康は大胆にも「11年というのはある人(劉曉波)の刑期ではなく、ある人々の寿命の尽きる時だ。」と断言しました。以上が中国大陸社会の基本的な事実と変遷にかかわる第二の点です。
(三)インターネットは中国大陸社会の変遷を加速させる触媒の役割を果たすだろう。インターネットは独裁制の統治者にとっては、永久に勝つことのできない戦争です。インターネットのオリジナリティは中心がなく、起点がなく、終点もなく、打ち砕くこともできなければ、塞ぎ切ることもできないことにあります。それはちょうど水銀が床に落ちた時のようなもので、孔という孔にもぐり込み、金銀の盾をもって戦ったとしても、最終的にはぼろぼろにされ、徒労に終わることでしょう。「人権の理念」は1920年代から30年代の中国で、先賢たちによって広められ、1978年と1979年に再び北京の民主の壁を築いた当時の中国民主化のパイオニアたちが高らかに呼びかけたものですが、インターネットの時代を迎え、中国ではようやく本当の意味でそれが口コミで広まり、誰もが知ることになり、中国共産党もまた人権の保障を憲法に取り入れ、国連の「経済的、社会的および文化的人権に関する国際条約」および「公民権および政治権に関する国際条約」という二つの国際条約に調印することを余儀なくされたのです。 今や一つのミニブログ、一つのツイッター、一つの良質な通信ルート、一つのブログがすなわち一つの新聞社、一つの通信社、一つのテレビ局となり、中国共産党の統治者を恐怖と焦りのるつぼへと追いやるようになりました。今の中国で、「言論による反対派」は毎日大陸の独裁政権と張り合い、捕まえても根絶できず、禁止し切れない状況であり、中国の各種規制領域において、言論の自由は最初に突破されるものとなる可能性があります。前途について悲観すべきは中国共産党であり、我々ではないのです。 さて、中国大陸の社会で今またどんな本質的な意義をもつ全体的な変位が生じているか、中国共産党の統治者がこうした全体的な変位を見ることに対して、そしてそれを認めることに対してどんなに不本意かをご想像下さい。しかし花は自ら枯れ落ち、水は自ら流れるといいます。ちょうどそんな折、中国大陸社会に本質的意義のある全体的な変位が発生しているばかりか、それがますます重大なものとなり、もはや逆行は不可能となり、中国共産党の一党独裁制が依存する支点も日を追って萎縮しているのが現状です。中国共産党の一党独裁制が唯一依存している支点は、すなわち日々多くの民衆の矢の標的となっている「権力私有集団」ですが、中国共産党の欲深な官吏はまるで道を横切るねずみのようなもので、人々が叫びながらそれを打ち、公開の場で中国共産党を罵倒することがすでに中国大陸の流行にまでなっているのです。当初「新洋務運動」の中国共産党の創設者も今日のような状況を予想してはいませんでした。あるいは鄧小平は、かつてひそかにこの点を予想したことがあったのかも知れません。五十年後の香港の政治制度は中国大陸とまったく同じに変わらなければならないかと尋ねられた時、彼はことばを濁しながら「その時にはどちらも同じことなのに、変える必要があるだろうか。」と答えたことがありました。「どちらも同じこと」というのはどういう意味なのか、大いに疑問が残り、また深く探るべき問題でもあります。問題は、本質的な意味でのこの全体的な変位が、中国共産党が放任したために発生したわけではないことにあります。1989年の天安門事件の後、江沢民と李鵬が同じ道を歩もうとしたではありませんか。江沢民と李鵬は江蘇省南部一帯を視察し、「平和的変遷」の社会的基礎を消滅させると声高に叫んだではありませんか。鄧小平は、それが中国共産党にとってみれば自滅への道であることを知っていたのです。そこで鄧小平は自らが「南方視察」をして江沢民と李鵬を一喝のもとに退散させざるを得なかったのでした。 この30年間における中国大陸社会の変遷の原動力となったのはもちろん中国共産党ではありません。その原動力となったのは、餓えに苦しみ抜いた中国の農民、そして貧しさを極めた中国人全体だったのです。このほか、矛盾しているのは、今日の中国大陸では権力者私有集団が最大の私的な暴利をむさぼっているため、自ら進んでこの全体的な変位を引き戻そうとはしないことです。彼らは威張り散らし、酒色におぼれ、贅沢三昧の日々を過ごし、麻薬を常用する吸血鬼の集団であり、背後に洪水が迫っていることを顧みようともせず、顧みることなど不可能でもある現代のルイ15世とその側近たちだと言っていいでしょう。従ってこの意味では、中国の権力者私有集団は最大の略奪者であり、同時にまた中国大陸社会における全体的な変位に関する最大の推進者でもあるわけです。以上が中国大陸社会の基本的な事実と変遷にかかわる第三の点です。 以上の三点からでも、社会の巨大な変化が目前に迫っていることは充分おわかり頂けることと思います。中国の大地において、現在毎年何万人もの民衆が自発的な暴力抗議行動を起こしており、すでに一触即発の状況を呈していると言えるでしょう。表面は華やかに繁栄を誇るかに見える中国共産党の一党独裁制はとっくに朽ち果てた壁のようになっており、それが突き崩されるのは時間の問題なのです。
(四)自由で民主的な政治制度の安定した礎石となるのは、社会の高度な自由と公民の保有する完全な意味での合法的な私有財産である。 では現在、中国大陸社会で毎日、時々刻々と発生していながら、ほとんど意識されない全体的な変位は、一体どこへ向かっているのでしょうか。まちがいなく言えるのは、それが目に見えない何らかの作用によって、新たな礎石の上へ向かって移動していることです。では、その新たな礎石とは何なのでしょうか。この問題を明らかにするため、まず明らかにしなければならないことは、一つの自由で民主的な国家の礎石とは何かということです。逆の方向から見直してみると、中国大陸社会で毎日時々刻々と発生していながら、ほとんど意識されない全体的な変位が向かっているその新たな礎石とは、自由で民主的な国家の礎石と同じものでしょうか。一見、この問題は複雑で、奥深く、微妙なもののようです。しかし、真理は最も簡単なものであり、それほど複雑ではなく、奥深くもなく、微妙なものでもありません。 試しに考えてみましょう。1)周知のように、安定した自由で民主的な政体は、社会や経済におけるいくらかの波ぐらいでその根本が動揺することはありません。軽々しく「民主主義が座礁した」などと断言する人がいます。それは、安定した自由で民主的な政体には2つの強固な礎石があるためです。一つは社会の高度な自治、二つ目は礎石の礎石――人が生まれながらにして平等だということです。一人一人の公民がすべて自然に平等であり合法的で完全な意味での私有財産を保有する権利と機会を有する上、実際に誰もが合法的で完全な意味での私有財産を保有すること、すなわち公民が保有する私有財産が完全な意味で法的に保障されているほど、社会の公共財産の公有も保障されることになります。もちろん、広く神に対する敬慕と固い信念があることも必要です。この点がわかっていれば、安定した自由で民主的な政体のことを知り、それを実現する鍵を手に入れたことになるのです。 アメリカのホワイトハウスを例にとってみましょう。大統領の権限は小さくないと言えますが、アメリカの憲法によって付与された外交と国防等の重大な権限を除いて、アメリカの各州は中国の一つの省に相当するため、大統領でも各州の行政に口出ししたり関与したりする権限はありません。これは、「独裁体制」の下では想像できないことです。清朝末の翻訳家は中国の州政府制度に対応させるため、アメリカでいう「State」を「州」と翻訳しましたが、これはあまり正確な訳だとは言えません。厳密に言えば、アメリカの「State」は実際には「国」に等しく、それは完全な立法、司法、行政の三権分立によって成り立つ機関であり、連邦政府による関与や支配を受けることはなく、アメリカ社会における最大の自治体となっているため、アメリカは連邦合衆国であり、その上民間コミュニティの高度な自治と、定期的な選挙と就任、そして公衆と世論および司法による独立した監督を受けることになっています。このようにして、アメリカ大統領による独裁は永久にあり得ないことが確実に保証され、また国家の指導者を「法治の籠」の中へ入れることに成功しているのです。一つの民主的な政治制度はこのようにして確立され、安定してきたのです。 次に台湾を例にとってみましょう。台湾における民主制度にはまだ改善が必要ですが、現在台湾で総統に当選しても、もはや南部の高雄市の地方行政についてはもちろんのこと、同じ与党が政権を握る台北市の地方行政にさえ、気ままに口出ししたり、関与したりしてはならないことになっており、またそうする勇気も出ないでしょう。これこそが、地方と全国の高度な自治が一つの民主国家の中で礎石のはたらきを有していることの現れです。「自動車を運転する文化」が自信と自主、自治を運転できる個人を生み出すのだということについて、中国人もわかりかけています。商業化された社会、市場化された社会では、たとえそれが不完全な市場化であっても、必然的に無数の自治主体が生み出されるはずです。2008年の四川省汶川の大地震では、何万人ものボランティアたちが自主的、自発的に救援現場の第一線に駆けつけたことも、その一つの現れでしょう。 現在、中国の国有経済が依然としてごく少数の人の手に握られている状況は、ちょうどかつて、西洋の資本が同様にごく少数の人や家族の手に握られていたのと同じです。しかし、こうした現象は遅かれ早かれ雲散霧消することでしょう。今日の中国大陸における基礎からのこうした変位を誰が引き戻せるでしょうか。それはあり得ないことです。 いわゆる「政令は中南海を出ず」というのはいいことです。それは赤い王朝がまもなく滅亡する前兆であり、止めようとしても止められるものではありません。 2)さらに二つ目の礎石について見てみましょう。ある人たちからは蔑まれている「08憲章」を例にとると、誕生したその日からそれは堂々と世に姿を現し、最初の署名者は303名にのぼる中国社会の先賢たちですが、これまでにそのうちの誰一人として当局に投降した人はいないと聞きます。中国共産党の法廷が劉曉波博士に判決を下した時でさえ、すでに一万人を超える人が「08憲章」に署名したということが間接的に伝えられました。さらに何人かの「08憲章」の擁護者たちは、なんと劉曉波に連座して投獄されようとする勇士団を結成し、強権に対する抗議のデモを行ったといいます。世論は彼らを「温厚にして傲慢だ」と評しています。近年の中国のいつどこで、これほどの素晴らしい局面が見られたでしょうか。まさに「民は死をも恐れず、何ゆえ死を恐れようか。」というわけです。 1989年の天安門事件前夜における33人の署名を思い浮かべて下さい。その後、署名者たちはどうなったでしょうか。あるものは退却し、あるものは後悔し、またある者は自己批判しました。もちろん、それもやむを得なかったということは全くよく理解できます。 さらに1957年の55万人ないしは数百万人にも及ぶ、中国の屋台骨とでも言うべき右派と準右派たちの中で、自己批判しなかった人はまずほとんどなく、また中国共産党に許しを請わなかった人はなく、毛沢東に屈服しなかった人もいませんでした。真情を吐露することがいかに困難であったか。もちろんこれもまた、全くよく理解できることです。 では、理解できるのはなぜでしょう。その理由は簡単です。1949年前後に、土地改革、公私連合経営、人民公社化、全面国有化(実質的には「中国共産党の党有化」)が実施された後、中国の知識人の生殺与奪にかかわる重大な権限、食事や出産養育等々まで、人生の最も基本的な生存の権利がすべて中国共産党と毛沢東の手の中にがっちりと握られてしまったことによるものです。このように生存してきて、降参しない人が何人いるでしょうか。 今日の胡錦涛にしても、その凶暴さにかけては、決して毛沢東や鄧小平、江沢民らに引けを取るわけではありませんが、彼にはそれはできなくなりました。なぜなら中国大陸社会全体の基礎的な大筋の位置が移動してしまったからです。1978年から中国共産党がやむなく実施した商業化、市場化、私有化のプロセスによって、中国大陸社会に初期的な「ここで私を養ってくれなくても、他に養ってくれるところがある」という状況が生まれ始めました。賀衛方教授がその実例であり、いわゆる「社会科学院」によって政治的理由で停職処分を受けた範亜峰、張博樹の二人がまた悠然として少しもしり込みする様子がないのもその実例です。昔とは異なり、今や中国大陸の人たちも自分の知的財産権および自立した私有財産と社会的条件を持ち始めたと言えるでしょう。 「08憲章」に賛同する、恐れを知らない集団の出現は、少なくとも中国共産党の独裁制統治が長期にわたって良心をごまかして生きながらえるために、よって立っていた第一の魔法であるウソがもはやその力を失い、第二の魔法である暴力と高圧的な態度が人々にもたらしていた恐怖も消滅しつつあることを示しています。これら二つの魔法の威力失墜は、意義深いものです……。 まとめてみると、これこそが自由で民主的な政治制度の「二つの礎石論」であると言えます。 もちろん、中国大陸社会のこれら二つの礎石は、安定した、自由で民主的な政治の殿堂を築くことからは、まだはるかにかけ離れています。しかし、中国大陸社会には本質的な意味での基礎的な変位が起こっており、すでに中国共産党の赤い王朝の滅亡のためにますます安定した基礎が築かれているのです。 ただし、自由で民主的な社会が絶対的な平均主義、絶対的に気ままで自由な社会であるものと期待してはならないと思います。自由で民主的な社会とは、法秩序の整った社会であり、それは法の下の自由を保証するにすぎず、またそれは人々が生まれながらにして平等の機会と権利をもつことを保証するにすぎません。それは人と人の差異をもっともらしく否定するものではなく、それは誠実に働いて合法的に得た私有財産だけを保障するものであり、それは怠惰を奨励するものではなく、また勤勉さを妨げるものでもありません。なぜなら絶対平均主義の社会が将来性のある社会にはなり得ないからです。自然の法に誤りはなく、法は自然から生まれてこそ、天と人が一つになり、社会が平和で和やかなものとなるのです。(詳細については2002年の獄中の拙著であり、2008年に香港で出版された「人類の正常な社会秩序概論」をご覧下さい)。
(五)中国共産党の権力者私有集団と全国の民衆との間の矛盾が、現在の中国大陸の主要な矛盾である。中国共産党の権力者私有集団と全国の民衆との間の矛盾が今の中国大陸社会の主要な矛盾であることは、ほとんど論証の必要もない社会的現実だと言えます。中国共産党の権力者私有集団は一握りの人数ながら、必然的に多数の民衆と対立し、また必然的に数千万にのぼる普通の中国共産党員とも対立しています。中国共産党の権力者私有集団はもともとたやすく手に入れた地位にあるだけに、なおのこと何の障害もなく私腹を肥やしているため、必然的に多数の民衆との対立が激化し、また必然的に数千万にのぼる普通の中国共産党員との対立も激化していくのです。中国共産党権力者私有集団はまたその固有の飽くことのない貪欲さと極端な横暴さのために必ずや決定的に重大な経済危機と社会的危機を引き起こし、ますます多くの民衆との衝突が起きるのは異論のない現実であり、暴力的な機器を妄信する中国共産党権力者私有集団は、ある日突然自分たちが本当に一握りの集団に成り果てた時に、自分たちの武装力がそれほど信頼できるものではないことに気づくことでしょう。色の違う革命は必ず到来します。その時になって、かつて西洋社会の上流ブルジョワ階級が実行したように、中国共産党権力者私有集団が解散し、権力と利得を譲り渡し、言論の自由と結社の自由を許し、独立した労働組合の結成を許し、結社と政党結成の自由を許すことがあれば、話は別ですが。しかし、この点、恐らく中国共産党権力者私有集団はかつての西洋社会の大ブルジョワ階級の開明性や、品位の高さには、はるかに及ばないでしょう。その時になっても、もし中国共産党権力者私有集団が投降しないとすれば、あとは滅亡あるのみです。 もちろん、市場経済においては、たとえそれが不完全な市場経済であっても、必ず一歩一歩、徐々に人々の独立した思考、独立した判断、他人に対する尊重および契約遵守の習慣が養われるものであり、また毎日人々に対して、「公正な取引」、「人権と平等」、「商業経済とは契約経済であること」、「市場経済とは法治経済であること」、「自分が生き残るためには、他人をも生き残らせなければならない」、「双方が争って共倒れになるよりは、交渉と妥協の道をさぐる方がよい」等々といったことを無料でレッスンしてくれることになるでしょう。水滴もいつかは石を穿つと申します。平和的改変も不可能ではありません。その時はただ中国人に再び尽きることのない災難をもたらすことでしかない共産主義革命は永久に期限がないものとなります……。そうなれば、我々中国人も幸運だと言うべきでしょう。形勢には逆らえない、形勢は人より強いということばを私は確信します。では最悪の結果を避け、最良の結果を生むにはどうすればいいのでしょうか。
(六)中国共産党ではまもなく「若旦那」による独裁の時代が始まる。2010年10月15日から18日にかけて、中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議が開催され、習近平が中国共産党軍事委員会副主席の地位につくことが確認されましたが、このことは中国共産党上層部の18期大会前の「地位争い」が基本的に終結し、太子党の習近平が中国共産党の統率権を引き継ぐことが決まったことを示しています。なぜなら中国共産党は従来から「軍隊が党を指揮」してきたものであり「党が軍隊を指揮」してきたわけではないからです。(2005年8月15日付の拙著「中共は1927年から「軍隊が党を指揮」し、「党が軍隊を指揮」するものではなかった」および「中共の軍隊こそが中共の核心力だ」をご参照下さい。) 先日、政界の帝王であり、中国共産党の財布をにぎる温家宝がいくらかのお金を使って、国内外で「温家宝の政治改革」という大きくもなく小さくもない旋風を巻き起こしました。真相を知らない善良な人は温家宝が「普通の庶民にとって価値のある」政治改革を堅持し、本当に「どんな障害も乗り越え、死ぬまで頑張る」のだと信じ始めています。ところが中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議の後、この「温家宝の政治改革」のまことしやかな風は突然止みましたが、それが証拠です。温家宝は軍隊を恐れていますから、自分の本分を守らねばならないというわけです。 もちろん、温家宝は「地位争い」に参与することを知らないわけではありませんが、一年余り後には退任せざるを得ない彼にとって、それは最早まったく意味のないことなのです。ただ彼は何としても統率権の継承者が決定する前に、「政治改革ショー」をたっぷりと披露することにより、民衆を欺き名誉を騙し取る中国共産党の政治上の必要性に迎合し、また自分の今後のために政治の保険をかけたのです。温さんのとらぬ狸の皮算用は、将来実現するでしょうか。それは習近平が中国共産党のどの腐敗官吏を血祭りにあげるかにかかっており、習近平とその家族が必ずしもすべて清廉潔白であるとは限らないにしても、新任者は改革に熱心なのが人の常であり、党の心と民の心をつかむため、彼は必然的にこの一歩を進めることになるでしょう。清廉でない胡錦涛が就任するや、江沢民、朱鎔基ら上海閥の大将であった陳良宇にメスを入れたのが最近の実例です。 今の中国共産党の太子党はまだ清朝末期の八旗の子弟ほどではありません。清朝末期の八旗の子弟は200年余りの衰退を経た後に没落した官吏の子弟でしたが、今の中国共産党の太子党は第二世代であり、彼らの父親の世代はその大部分が「文化大革命」またはそれ以前に毛沢東によっておとしめられ、本人たちもまた大部分が農村へ下放されたり、労働者になったり、兵隊にとられたり、さらにはある程度の苦しみを味わったりしたため、清朝末期の八旗の子弟ほど脆弱でも無能でもありません。中国民主化運動を進める我々としては、決してそれを侮ったり、それに麻痺したりしてはならないのです。 時代が変遷する速度もインターネットと共に加速しました。かつては中国共産党よりもっと傲慢であったソ連共産党でも70年余りの共産党独裁を維持したではありませんか。 中国共産党の太子党の横暴で無礼なふるまいについては早くから見聞きしていましたが、それらは我々の中国民主化運動に大きな害をもたらすと同時に、これまでになかったチャンスをももたらしてくれることになりました。これが中国共産党の致命傷となることは、避けられないことです。我々はそれをじっくり観察するしかありません。 2003年7月17日、中国の民主化の希望は「胡温(胡錦涛と温家宝)」の中には決して存在しないと私は言いました。その後の7年間にこの結論にまちがいはなかったことを事実が証明しています。中国の民主化の希望は「中国共産党太子党」の中にも決して存在しないというこの結論も、またまちがいようのないことでしょう。(2003年7月17日付の拙著「中国民主化の希望は『胡温』の中には決して存在しない」をご参照下さい) 中国共産党独裁制の一味は棺を見ても涙を流すことはなく、彼らの子弟や代理人はとうの昔に西側で然るべき地位を確保していますが、不運なのは正直でまじめな庶民であることについては全く意に介さないのです。 インターネット時代の庶民はしかし毛沢東時代や清朝末期の征服された人民のように黙って虐げられてはいません。楊佳 と鄧玉嬌 がすでに先に見本を示しています。色の違う革命が近くに迫り、中国共産党独裁制の一味とその軍の一味が傲慢の限りを尽くして破滅するのを待っているのです。 百年にわたる民主化事業が今まで連綿と続いて来たのは、完全に中国社会に内在する必要性のためであり、百年間蓄積されたその勢いは、必然的にきわめて盛んなものとなり、何者もそれを阻むことはできないのです。勝利の兆しがうっすらと見え始めてきました。さらに頑張ろうではありませんか。 中国共産党第17期中央委員会第5回全体会議においてついに習近平を中央軍事委員会「副主席」に任命することが決議されたことは、江沢民、胡錦涛、温家宝ら政治の世界の「支配人」、「番頭」による政権の時代がまもなく終わろうとしていることを物語っています。このことは中国共産党の党の歴史と国の歴史のいずれにおいても、時代を画する特別な意義をもつと言えるでしょう。 習近平によって代表される「太子党」の政権はすなわち「若旦那」による独裁ということになります。通常「若旦那」による独裁における最大の政治的特徴は、彼らの政治上の行いが、「支配人」や「番頭」の政権よりも堅固で強硬なものであり、あんな生ぬるいものではないことにあります。それは彼らがこれは自社の「売買」だと自ら認識していて、「支配人」や「番頭」よりも、よほどファイトがあるためです。言い換えれば、もし彼らが良い方へ進もうとすれば、それはそれで良い方のきわみまで行くでしょうし、もし悪い方へ進もうとすれば、必ず極端に悪いところまで行き着くことになるでしょう。 最近、これは前代未聞のことですが、中国共産党当局が、ノーベル平和賞受賞者の劉曉波を監禁し、続いてその妻――劉霞を軟禁した上、引き続き劉曉波がノーベル平和賞を獲得したことの影響を封じ込め、あらゆる代価を惜しまずに、劉曉波の親族や国内で当局に異議を唱える人たちがオスロへ行って平和賞授賞式に参加するのを阻止し、さらにはそれが通常の外国訪問や、旅行および親族訪問にまで波及する事態が起きています。もっとひどいことには、「第一に革命を輸出せず、第二に飢餓と貧困を輸出せず、第三にあなたがたをいためつけたりはしない。これで何の文句があるのか。」と宣伝した上、なんとオスロへ人を派遣して平和賞授賞反対デモまでさせたのです。これはノーベル平和賞の歴史の中でも最大の悪例となることでしょう。このほか、中国民主党の指導者秦永敏は12年の監禁、累計すると22年に及ぶ刑期を終えたばかりの時に、自宅にいたところ、ひどく罵られました。内モンゴルの重要政治犯であるハダ(哈達)は15年の刑期を終えて釈放を待っていたところ、妻と子供がそれまでに捕らえられ、家財を没収されました。毒入りミルクの被害者の親である趙連海は平和的な抗議活動を行いましたが、それでも刑罰を受けなければなりませんでした。一体天の理はどこに、正義はどこに、人権はどこにあるのでしょう。これは「若旦那」による独裁の特質そのものであり、横暴にして凶暴、そして無礼です。こうした数々の事象は、習近平が中国共産党の政治と司法の重大な権限を掌握し始め、「太子党」の台頭が加速していることを示しています。 このことから見ると、将来の「太子党」政権と「若旦那」独裁の政治の行方は、次のような発展の軌跡をたどることになるかも知れません。 第一段階は、習近平が曽慶紅や陳元らを後見人およびブレーンにして、「太子党」全体の整合をはかり、まず「地位争い」で激しく対抗したあの薄熙来に高い地位を与えて取り込む。機転の利く薄熙来はこうなるとそれに服従するしかなく、さもなくば悲惨な最期を迎えることになるでしょう。習近平はすでに手に入れた「銃」を彼の胸元に突きつけているのですから。 第二段階では、習近平はあえて薄熙来を見習い、赤旗の下で暴力団を打倒し、汚職に反対しクリーンな政治を提唱する。そこで血祭りに上げられるのは温家宝、または胡錦 涛、江沢民、朱鎔基ら権力者の家族にちがいありません。なぜなら彼らは中国共産党の根強い旧勢力である党政軍の中に深く根ざした基盤をもたないからです。しかし、習近平ら「若旦那」たちが他の人たちを粛清し、自分の家族をえこひいきしていては、民衆を服従させることなどできるはずがありません。 第三段階は、彼らが中国共産党による独裁制を一層強化し、財布のひもを引き締めるのと同様に、政治上のたるみを引き締める。 もしこうなれば、中国社会は政治的には厳寒の季節に、経済的には衰退期に突入することになるでしょう。 もしそうであれば、結果はどうなるでしょう。ひと言で言えば、中国共産党の死期はもう遠くないということになります。 なぜそう言えるのでしょうか。今日はその理由は言わず、その日が来るのを待とうではありませんか。
(七)「公民三有」の実現が、中国大陸社会の平和的転換への局面打開の道となる可能性がある。変革を待っているわけには行きません。解決の道と局面打開の道は、「権利擁護」運動と「民権」運動を通して、引き続きたゆまず「公民三有」の実現をはかることだと私は思います。 「公民による所有、公民による政治、公民による享受」が憲政民主主義の核心です。そのうち「公民による享受」は三民主義の基礎でもあります。「公民三有」とはつまり「公民による享受」の具体化であるわけです。「公民三有」とは「公民が業を有し、公民が持ち分を有し、公民が財産を有する。」ことを指しています。「業を有する」とは何か。つまり国が一人一人の公民に対して就業と個人の事業を得るための公平な競争の機会と待遇を充分に提供することを指しています。当然ながら、どんな社会においても公民が100%就業することは不可能です。しかし憲政民主主義の国であればこそ、失業率を最低の範囲内に抑えるとともに、失業者に対して然るべき失業補助と再就職のための訓練の機会を与えることが可能になるのです。そして、すべての公民が平等な就業の機会をもつことが特に強調されます。 「持分を有する」とは何かについて言えば、この60年間に中国大陸では全公民の努力の結果、国有企業の中に巨大な資産が蓄積されてきました。しかし近年、中国大陸のこれらの企業が株式会社化された後も、中国大陸の公民は一銭も得ていないのです。さらに深刻な問題は、中国共産党の権力者私有集団が、本来は全公民の所有に帰すべきこの巨大な資産を無償で略奪したことにあります。ですから、中国大陸の公民は自らが得るべき国有株を合法的に獲得する権利があると我々は考えています。中国大陸の公民は、自分たちの血と汗の結晶であるお金を中国共産党の権力者私有集団から取り返す権利をもっているのです。もちろん、中国大陸の公民がこうした権利を合法的に得るためには、立法の方式を通して公平な分け前を合法的に取得する必要があります。中国大陸社会は必然的にこの段階を通過しなければならず、このことが変革のための最大の動力となることでしょう。当然ながら、我々も民間の企業家が企業の株を従業員に適切に所有させることを奨励するものであり、これはほかならぬ民間企業自体の発展にとって役立つものとなるでしょう。この民間企業の部分については、もちろん国が関与すべきことではなく、それは株主と株主総会が従業員の集団または従業員による自由な労働組合との間で、平和的な協議を経て解決すべきものとなります。 「財産を有する」とは、主に家と土地の資産を指しています。公民は完全な意味での家屋と土地の財産権を合法的に有するべきです。国家は国民と利益を競い合ってはならず、公民が私有財産、中でも特に家と土地を持つ権利を任意に奪ってはならないのです。もちろん、土地の財産権の問題を解決することが極めて困難な問題であることは、我々も充分に推測できます。そのためには、国の立法の手段を通じて、公民一人一人が土地の財産権において平等になるようにし、中国大陸の農民が常に二等公民の地位に置かれている不平等な現状を徹底的に変えなければならないのです。 その中で、「公民が持分を有する」ことと、「公民が財産を有する」ことが最も有力な手段となります。「公民三有」の実現によってのみ、権力者中心の資本主義へと続く誤った道を根本的に捨て去ることができるのです。
(八)中国の民主政治制度は、中国の優れた伝統と価値観の中に根ざし、そこから発展するものでなければならない。一部の中国人は19世紀以来、特に列強諸国から虐げられた後、外国のものなら何でもいいと思うようになり、やれ「マルクスさん」だの、それ「資本主義さん」だのともてはやすばかりで、我々にはまだほかに「優れた中華さん」というものがあり、そこではもう一つの「人類の正常な社会秩序」が永遠に息づいているということをすっかり忘れてしまっているのです。調和が得られない時というのは、この秩序に背いている時なのです。調和のとれた社会を目指すなら、この正常な秩序を取り戻す必要があることを、我々の先祖はとっくの昔から言ってきました。これは単純な反対勢力の打倒や政府の転覆によって得られるものではないのです。共産党は国民党を打倒し、果てはそれを消滅させるために、何千万もの中国人を死に至らせました。そして彼らが政権を握った後もまた、人為的に何千万もの無辜の人々を死に追いやったのです。こんな単純なサイクルの繰り返しには何の価値もありません。 一篇の文章と一篇の「労働党設立宣言」によって右派と決め付けられ、20年におよぶ囚人生活を送り、あまり知られていない徐璋本さんが1957年に次のような鋭い指摘をしています。「人生哲学の一体性から見ると、マルクスは『人』の関係を見落とし、人を経済制度の産物だと見なしたが、原因と結果を逆にしたこのような学説を『人生哲学』の指導的思想にすることはできない。また、『階級闘争』を強調する方法は、ヘーゲルの『戦争進化論』と同様に、人類の恨みと残忍な本能から生まれ出たような極端さで表現されている。」「マルクスの学問態度はドイツの学界における謹厳で詳細な条理を重んじる優れた伝統を受け継ぐ一方で、プロシアの『絶対性』と『非融和性』を受け継いでもいる。宗教的色彩を帯びたこの種の絶対性と非融和性が、生物としての人類の矛盾する2種類の本能を忘れた『行動政治哲学』の中に応用された結果、彼の高い理想と恨みの心理が生まれ、目的だけを述べ、方法や矛盾については述べない人生政治哲学観が生まれた。」「人間が生きて行く上での本能に対する中国に特有の深い体得、および宗教や迷信、教条主義とは少しの関係もない『大同人道主義精神』、『人と天の一体感』という深い悟り……これこそが人類社会の『歩むべき正しい道』だ。」この文章だけを取り上げても、徐璋本さんは将来の中国思想史の中で然るべき地位を占めるだろうと研究者は考えています。(謝泳:「銭学森とその同級生徐璋本」) 全人類に普遍的な価値と中国社会に固有の伝統の優れた価値とが融合したもの、それこそが中国の大勢となり得るのです。 制度的な問題を解決せず、人間性の問題がわからず、人類の正常な社会秩序とは何かがわからなければ、中国の問題を根本的に解決することはできません。 1)我々は西洋人を見習って、いかなる個人をも軽々しく信頼せず、多元的に牽制し合う、民主的な制度を構築し、悪人が悪事を働くのに不都合で、また安易にその気にもなれないようにしなければなりません。 2)またその一方で我々は、法は自然に生まれ、天と人が一体となるという中華民族の優秀な文化をも発揚しなければなりません。それは人を信頼し、(一人一人の心の中に秤があると言われている通り)誰もが心の中に良識をもつことであり、そのためにわが身を省み、自分たちの中にその優秀な文化を求めるようになることです。人の学問や修養の問題を重んじること、つまり将来の中国は制度を改めて作り直し、公民の教育をやり直す必要があります。教育は第一の課題です。 3)人類の社会には循環が可能で、違反してはならない正常な秩序があることを認めねばなりません。 中国の突破口は教育、制度および社会の正常な秩序、ならびに神に対する普遍的な敬慕と固い信念の中にあるのです。
(九)中国が民主化を実現し、国全体および全民族間の和解を実現するための最良の道は平和、理性そして非暴力の中にある。中国人は孫文先生が臨終に際して「平和、奮闘、そして中国を救うのだ!」と叫んだことを忘れないでほしいのです。 「学術セミナー」から「円卓会議」を経て、中国の政治的和解、制度の転換を達成し、民主的な立憲政治によって政治的合法性の危機を解決し、「公民三有」によって権力者のための資本主義へと続く誤った道を捨て去り、民主的な立憲政治を確立し、中国文化を復興することによって「主権」の正当な基礎を築き、そうすることで国全体、全民族間の和解と永続的な発展を実現する。これこそが、「一つの中国、二つの憲法、二つの政府」の平和的発展と平和協定の締結を通じて、現段階の大陸と台湾の間に依然として存在する軍事的な対峙を解決することにつながります。将来は権限を付与された「憲法制定会議」を通じて、平和的、理性的に、暴力を用いず民主社会への転換を完遂して独裁制を終わらせ、最終的には自由と正義ならびに民族の和解を実現する中国第三共和国の新しい文明を確立することこそが、中国が将来、立憲民主主義と立憲民主主義国家を実現するための最良の道であり、北東アジア、東南アジア、全アジアないしは世界の平和を確保する最良の道でもあるのです。 以上は、私が台湾の前立法委員の銭達さんならびに大陸の若い新儒学研究者と共に2009年9月25日に共同で表明した中国大陸と台湾の和平協定調印を推進する目的のすべてです。 中国大陸社会を崇高な理想へと導く可能性のある百科事典のような自由な学者——王康さんが最近次のように語りました。「我々のモーゼは一人だけではない。曉波は最近の一人だ。我々のモーゼを寂しがらせてはならない。それでこそ中国に希望があるのだ。この信念は劉曉波のものだ。」と。 この信念は、きっとみんなのものでもあると確信します。 中国の忠烈の士は永久に後を絶つことはないと確信します。 中国には道案内をする賢者、智者がいて、国の前途は希望に溢れていると確信します。 大筋の位置がすでに移動したからには、それを逆転させてはなりません。 大勢がすでに定まったからには、それを阻んではなりません。 中華民族に祝福を! |
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